大宮の勝敗によって、自分の機嫌が左右されてしまうことがあります。まるで星一徹みたいに。
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サポーター冥利に尽きると言ってしまえばそれまでですが、この精神状態。決して健全ではありません。
たとえば、先日のさいたまダービーの敗戦。
浦和は強豪です。大宮との実力差は火を見るより明らかです。しかし生粋の旧大宮市民からすると、浦和に負けるとなぜかプライドが許さないことがあります。
さいたまには浦和だけ♪ さいたまには浦和だけ♪
敗戦後、浦和サポーターからの揶揄も、今ではイベント行事のひとつだと思えるようになりましたが、大宮を応援し始めた当初は相当イライラしてしたものです。
逆に勝利した時は天にも昇る気分です。浦和キラーとして大宮サポに愛されたラファエルのゴールに、どれだけ歓喜したことでしょう!懐かしいですね。
いずれにせよ、応援するチームの敗戦によって、次の試合まで1週間ネガティブになるのは健全ではありません。
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勝てば官軍、負ければ地獄…
そんな見方をしていると、なぜか応援が楽しめなくなってしまいます。
ナビスコカップで優勝し、一時はJ1の台風の目として席巻した大分トリニータは、今やJ3に甘んじています。大分サポーターのことを想像すると、気の毒で仕方ありません。自分だったら、どれほど落ち込むことでしょう。
そう思っていた矢先。敗戦によるメンタル的ダメージを和らげる方法をとある書籍で見つけました。
アドラー心理学をベースにして書かれた「嫌われる勇気」です。
大宮が負けたら「課題」の分離を見極めよう
「嫌われる勇気」には、こんな一節が登場します。
あらゆる対人関係のトラブルは、
他者の課題に土足で踏み込むこと、
あるいは自分の課題に土足で
踏み込むことによって引き起こされる。
ここでいう「課題」というのは、その選択によってもたらされる結末を誰が最終的に責任を取るのかっていうこと。トラブル(ここでいう不健全な気持ち)の原因が、自分の「課題」であるのか、そうではないのかを見分けることができれば、好転するということらしいのです。
なるほど!そのとおりだと思います。
敗戦でイライラすることが、対人関係トラブルであるとすぐに認識しづらいものです。ちょっと無理やり感は否めませんが、決してダービーの敗戦と遠い話ではありません。相手サポーターからの揶揄に腹を立てることを考えれば、これも対人関係のトラブルのひとつといえるでしょう。
考えてみれば、大宮の敗戦そのものはチームの課題であって、応援している我々サポーターの課題ではありません。
チームの敗戦は、サポーターにはどうしようもないことです。
ヤジは自分本位な発言に他ならない!?
にもかかわらず負けたことに腹を立てるのは、他人の課題に土足で踏み込んでいるのも同然だというのです。
たしかに、浦和に負けてふざけるな!とスタンドから野次を飛ばすのは、選手からしてみれば完全に余計なお世話です。
敗戦にストレスや怒りを抱えるのは、自己中心的な考えを持っているからに過ぎません。
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チームのためを考えて怒りを覚えているのではなく、負けチームを応援している自分がカッコ悪く見えること(世間体)に腹を立てているだけなのだと…。
ん〜、とっても厳しいけれど、なんだかわかる気がします。
できの悪い子供に罵る親に似た心境
できの悪い息子が、テストで赤点をとってしまったとします。だから勉強しろと言ったじゃないか!と叱ってしまいがちですが、これとて他人の課題に土足で踏み込んでいることと同じだと本書は教えてくれました。
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このとき子どもに叱る親は、結局のところ、自分の世間体を気にしているだけだったり、自らの保身が最終目標だと断言します。あなたのためを思って言っているのよ!という親の主張は人生の嘘だとも。厳しい見方ではありますが、真髄を突いています。
子どもはそのことを感覚的に気づくのです。
テストの点数が悪いという結末を、最終的に誰が責任を持つのか。それは、子ども自身であるはずです。子どもが何を思い、何に悩み、どんな救いの手を必要としているのか。そこを見守ることが、親の努めであり、サッカーで言えばサポーターの役割なのかも知れません。
今年の大宮は、決して出来の悪いバカ息子ではありません。
強豪の浦和にも果敢にチャレンジしていました。この前は、運悪く結果が出なかっただけ。それだけのことです。逆に揶揄するようなサポーターは、他人のフンドシで相撲をとっているだけだと思えば、何もイライラする理由などないことに気がつきました。
まとめ
チームの勝敗は私の課題ではありません。あくまでも選手や監督、チームスタッフの課題です。あくまでも陰ながら応援して、勝利した時は祝杯をあげるように楽しみたいです。